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大丈夫。


きっと、大丈夫。
なんの根拠もないけれど・・・

16年前の阪神・淡路大震災。
当時もニュースでは信じられない映像が流れ、
死傷者の数は時間を追うごとに
1000人単位で増えていきました。
しばらくして、復興支援の一環として
神戸で被災した企業の仕事を担当しました。
被災した企業で請け負っていた仕事を
被災した工場が復旧するまでの間、
横浜で担当するというものでした。
被災企業もお客さんとの契約がある訳ですから
いくら天災とはいえども
何とか仕事に穴をあけないようにと必死でした。
その企業を何とか助けようと
受け入れサイドも必死に工程を調整し、
工場の融通を利かせて
現場も営業もみんなで頑張りました。
私も若かったですゆえに
何とかその企業の為にと必死でがんばりました。

けど、けど、
いくら頑張ったところで
被災した企業は元の通りの仕事ができるはずもなく
妥協に妥協を重ねた結果の目標。
けれど、こちらにとっては
自分たちの本来の仕事もしながら
別の企業の応援もするという
まさにいっぱいいっぱいの状況。

そんな状態が震災後2ヶ月頃から
1年後まで続きました。
神戸の人たちは本当にいい人でした。
明るく前向きに、でも
こちらにもとても気遣っていただいて。

でも、いくら頑張ったところで
相手の妥協点にやっと届くか届かないか
というのが精一杯という無力感。
時間の経過とともに疲労からなのか
神戸の方々の希望や要求を
「そんなに無理なこと言われても出来ない!」
って思ってしまう自分がいました。
そして、そんな自分に自己嫌悪する日々。

完全に思い上がっていたのです。
自分が頑張れば、
何とか助けてあげられるんじゃないか
って。

震災から約1年後、神戸に行きました。
私自身は直後の記憶も薄れてしまっていました。
けれど、神戸の街はやっと瓦礫が取り除かれて
新しい建物などはほとんど見当たらず
駅前がやっと更地になってきた
という状態に何とも言えない焦りと
さらに無力感を感じました。

それでも、
まだ地面のひび割れが残っていたり
建物の一部が壊れている異人館で
神戸の人はとても明るく元気で
しぼんでいた気持ちは一気に吹き飛びました。
神戸という街は
神戸の人たちの力で立ち上がったんだ、
私たちは助けたのではなく
単に応援していただけなんだって
気がつくことができました。

だから、きっと今回も大丈夫。
何の根拠もないけれど、
絶対に、大丈夫。

今、できることをして
応援していこうと
決意を新たにした訳なのです。
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Comment

私の故郷が、思い出が沢山ある場所が災害にあいました。復興まで時間はかかるかもしれないけど、「大丈夫」と言ってもらえるだけで良しですね。今回、友人とその子供を喪いました。友人から「いつも困った時は助けてくれるから安心だよ」と言われた自分は……何にも出来なくて悔しい気持ちです。帰省が出来ないもどかしさも。
情けないです。
  • 2011/03/26 04:33
  • ともぞう
  • URL
>ともぞう
なくしてしまったとてつもなく大きいけれど
そこから立ち上がって歩き始めるのは
とてつもなく時間がかかると思うけど
それでも、きっと大丈夫!
(もちろん根拠は何もないケド…)
今の私に出来ることは
今の自分の役割をしっかりと果たすこと。
どうやら感情って感染するみたい。
被災地の大きな悲しみを感じて
日本中、いや世界中が悲しんだの。
だから今度はたくさんの希望や夢を持って
その気持ちを感染させていければな、と。
今までの震災はどこも自分にどこかゆかりが
ある土地だったにも関わらず、そして
テレビで見る惨状にとても気の毒だ・・・とも
思いつつ、それでもまだどこかで、他人事でした。
今回は、明らかにそれがちがうのね。
停電があるからとかないからじゃなく。
被害の大きさからでもなく。

やっぱり無力さを感じること、罪悪感を感じることも
多々あるけれど、自分でできることをみんなが
少しずつしていくことだけが、前進につながるんだろうな、と思うよ。
  • 2011/03/26 16:30
  • たけぽん
  • URL
>たけぽん
そうね、慣れ親しんだ土地が
被害を受けるというのは
本当に悲しいし、寂しいよね。
今の自分にできることなんて
ホントこれっぽっちもないけど、
それでも頑張って応援していきたいなーと。
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