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あの日のこと
2013.10.29 (Tue)  21:25


9月の終わりに父が緊急入院しました。
四年前に大きな病気をして手術して
回復までにはけっこうかかったのです。

術後、再発もわかっていたのですが
通院治療で普通に生活していたのです。

それが緊急入院となって
主治医から告げられたのは余命宣告。
それでも、そんな急な話でもなかったのです。
あんまり遠方から親戚が会いに来たりしたら
きっとびっくりしちゃうよね・・・って。

けど、入院直後は自分で動けて
冗談言っていたのに
次に行った時には自分では動けなくなっていて
それでも元気に話はしていたのに
病院に行くたびにどんどん悪化していくのは
目に見えてわかりました。

10月10日夕方、
主治医から話があると呼ばれ
仕事を終えて駆けつけたら
もういつ急変してもおかしくない状態との
最後通告。
その場合の延命処置をするかしないか…
混乱しながらも、
父が痛かったり、
苦しかったりしないように、と。

最後の一週間はもう意識もない状態で
昨日は顔の辺りまで動いていた手が
今日はお腹の辺りまでしか動かない。
昨日は手を動かしていたけど
今日はもう手も動かさない。
命の灯って上手い例えだなぁと
そんなことを考えました。

命の灯が今まさに小さくなって
消えそうになっている。
主治医は急変って言い方をしたけど
こんな風に静かに最後を迎えられるのか
すこし疑問でもありました。

10月17日、午前中に父を見舞って
(個室に移動したのでいつでも会いに来ていいですよ、
と言われていたので都合のつく時間に行っていました)
昼過ぎに病院を出て、
中学に行って文化祭の準備をして
夕方遅くに帰宅。
今日は呼吸も安定してたねーなんて
油断していたんですよ。

母からの電話で
今、病院から電話があって呼ばれたとのこと。
夕ご飯を途中で中断して出かける支度。
妹とも連絡を取って
待ち合わせの時間を決める。
待ち合わせる必要なんてなかったけど
この時間の呼び出しに1人で行ける自信もなく。

30分しないうちにさあ出ようってころに
母から再度着信。

息を引き取ったよ、と。

病院の看護士さん達が
待っててくれるっていうけど
処置進めてもいいかな?
どうする?というので
今からだと1時間近くかかるから
楽にしてあげて…と。

夫がまだ帰宅してなかったので
ななを残して友達に駅まで送ってもらって
隣駅で妹と合流。

今日の昼間の様子なんかを話しながら
病院に…
満月が近くて
繁華街も近くて
とても明るい夜空で…
なぜか、この時の様子が
とても印象に残っている。

病院に着いたら、母が待合室に。
今はまだ処置中で処置が終わったら
呼んでくれるというのでしばし待つ。
そこで父の最後の様子とか
これからの段取りを少し話したり。

少しして父の病室に呼ばれて対面したら
そこには点滴や酸素マスク、
センサー類が全部外されて
何とも言えないスッキリと安らかすぎる父が…

入院中もちょっと眉間にしわを寄せるくらいで
ものすごく痛いとか苦しいとか
そんなワケじゃなかったのに
(母にはわがまま言ってたみたいだけど・笑)
あまりにすっきりした顔してるんで
涙出てくるのに思わず
「あースッキリしたんだ、よかったねぇ」
って話しかけちゃうくらい。

病室から病院の霊安室に移動するかしないかのうちに
夫がななを連れて
義弟が甥っ子姪っ子を連れて
病院まで来て。

その後、手配した葬儀屋さんが来てくれて
その日のうちに(と言っても日付は変わっていたけど)
火葬・出棺の日付だけ決めて
詳細は翌日ってことに。

ここから先はもうちょっとした
お祭りかイベントかっていう勢いで
色んな決めごと、細かい準備、
親戚等への連絡を母と妹と手分けして進めて
通夜、告別式も何とか終えて
少しずつ日常生活に戻って
ななの学校の文化祭も終えたので
今日からは仕事にも復帰。

まだまだ細かい雑務が
てんやわんやだけど、
何とかやっつけないとね。


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秋の日
2013.10.26 (Sat)  16:19

20131001.jpg

気がついたら、
すっかりさっぶくなってるし(;´Д`)

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