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地震の日
2011.03.12 (Sat)  08:28
2011年3月11日 14時46分頃、
三陸沖を震源に国内観測史上最大のM8.8の地震が発生。
津波や火災で多数の死傷者。

その日の予定は午前中にPの打合せ。
今年は卒業式が土曜日に設定され
来賓の数が通常よりも多いので
控え室や接待等、準備を学校と打合せ。
そのまま給食を頂く。
私は午後には所用で横浜駅に行って
書類を受け取り、コピーして、郵送する。
という、用事があった。

当初は予定通りで卒業式の打合せと
新年度の打合せをし、給食を頂いた。
中学校の先生が6年生との交流をする日で
3名ほどいらっしゃっていたので
学校での打合せを予定よりも15分ほど早めに切り上げた。
私はそのまま横浜に向かい、
他のPメンバーは会議室の掃除とかしていたらしい。

まさにこの15分のタイミング・・・

横浜で用事を済ませ、
ちょっとブラブラしようかなと思ったモノの
午前中の打合せで新年度の学校側からの提案が
若干心配な内容だったので
とりあえず、学校に戻るべきか?心配になって
まずは帰宅して、駅に着くくらいに
Pメンバーに連絡してみようかと思い、
横浜での用事は無事に済んだよ!と
夫にメールし、電車に乗り込んだ。

横浜発14:24分。
14:35分くらいに最寄り駅に着いて
停めてあったバイクに乗って自宅方向に。
インター入り口を過ぎて
車の通りが減ったところで
急にバイクのハンドルが取られる感じがした。
「パンク!?」と思って前方も赤信号なので
減速して停止。
その時にはもう、バイクの両足を踏ん張って
支えていないと立っていられない状況。
信号機と電柱と電線と街灯が激しく揺れている。
横の歩道を歩いていた隣の小学校の生徒は
悲鳴を上げて大パニック。

思わず、「壁から離れなさい!!!動かないで!」
って叫ぶ。
揺れが収まるまでかなり長く感じた。
揺れが収まったので学校のつり下げ名札を装備して
学校に向かうもすぐにまた大きな余震で
またもやバイクを停止させる。
この時点で学校のなな以外のことは思考が回らず、
揺れが収まるのがもどかしい。

何とか学校に着いたら、
子ども達の多くが校庭の真ん中に避難していた。
帰り支度の子もいれば
手ぶらで裸足の子もいる。
そして、さらに余震は続き、
泣きじゃくっている子多数。
先生は子ども達に指示を出すのに大声を張り上げている。

多くの保護者が学校に集まって来ている。
Pメンバーもいたので
私は外にいたんだけど、どんな状況だったのか聞くと
家の中の軽い物がいくつか落ちて
レールの引き出しがすべて出たとか。
「これ、うちはヤバいなぁ・・・」と思う。

余震が少し収まったので
学校からは方向別にまとまって下校する指示。
キッズクラブ予定の子で
保護者が迎えに来ていない子は
そのままキッズクラブにということで下校開始。
ただし、一年生で早いクラスはすでに下校後で
途中で地震に遭っている可能性が高い。

私も学校に原付を置いて行くことにして
ななと近所の子を引率して下校。
最初は2~3人だったのに
「○○ちゃんも!」「△△くんも」と
コドモたちは門を出る時には12人に・・・
地震がなければ、にぎやかで楽しい下校風景。

その時にもまた大きな地震。
もともと泣きじゃくっていた
低学年の子達がさらに激しく泣き出す。
高学年の子と一人一人手をつなぐように指示して
壁から離れて揺れが収まるのを待つ。

もう収集がつかない感じだけど、
高学年の子には
「もしも揺れが来たら、回りを良く見て!
倒れそうな物、壊れそうな物から離れて動かないで!
大丈夫!あなた達は冷静で賢いから
絶対に大丈夫だから!!!」
と全く根拠のない励ましをしたら
高学年の子達はみんなにっこり頑張ってくれました。

帰る途中で続々と他のお母さんたちも。
みんなお母さんの顔を見たら
さらに安心して泣きまくり。
結局、最後まで家族が迎えに来れなかった近所の子も
うちの前で一緒に遊んでる?
(家の中は心配なので)
という話をするかしないかのうちに
おじいちゃんが迎えに来た。

引率した子はいちおうみんな送り届けて
どっと疲れた。

問題は夫とまったく連絡取れないこと。
夫はおそらく、私が横浜か電車内で
取り残されている心配をしているハズなので
「ななと一緒で無事だよ!」とメールをしておく。

テレビを見たら、あり得ない映像が続々と・・・
さらに余震も続く。

奇しくも今日はジュニアレッスンの日。
家の中に居ても不安で
ななも行きたい!というので
そもそも営業出来ているのか?
みんな安否確認出来ているのか?
確認の為にも練習場に向かってみる。

余震が続いているので
2階3階はクローズで1階のみ営業。
そして、普通に練習しているお客さんが一人いました。
せっかく来たのだからと、
ななもプロがレッスンしてくれる。
個人レッスン。
私はその間に職場の人に
こういうときの対応とかいろいろ確認。
地震発生時、お客さんはフェアウェイに避難したらしい。

そんなこんなで余震が続く中、
レッスンを終えて帰宅。
電話もメールもまだ不通らしいけど
夫から1回着信があったので
「まぁ無事だろう」ってことで
夕ご飯の支度。

そうしているうちに
ケータイのファミ割りグループの
災害伝言板メッセージが続々配信されはじめて
いちおう、みんなの無事を確認。


大人気の給食メニュー「あげぱん」の日は
大変な一日になりました。
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